お金の勉強で、自分の暮らしは少し良くなりました。そんな私が、移民問題についてのニュースやSNSを見ていて、宗教や価値観を人に勧めることについて考えました。


「自分が良いと思っているからといって、相手もそれを望んでいるとは限らないだろう」
そう思ったところで、少し引っかかりました。

あれ? 私もお金のことで、似たようなことをしていなかったか?
お金の勉強をして、暮らしに少し余裕ができました。それは今でも、やってよかったと思っています。でも、その経験が自信になり、いつの間にか「あなたもこうするべきだ」という押し付けに変わっていた。今日は、そんな自分の話です。
お金の勉強を始めた頃は、一発逆転を期待していた

私がお金の勉強を始めた理由は単純です。お金持ちになりたかったからです。
最初に興味を持ったのは、「お金持ちの考え方」や「お金が貯まらない人の行動」といった、動画やSNSで見かける分かりやすい話でした。
それまでの私は、どこかで一発逆転を期待していました。宝くじやギャンブルで、大きく当たらないかな、と。
知らないお爺さんを助けたら、実は大金持ちで、後から遺産を譲ってもらえる話にならないかな。そんな都合のいい展開まで、うっすら期待していたくらいです(笑)。
でも、少しずつ学ぶうちに気づきました。
何十年と生きてきて、貯金も資産も十分ではない。お金の知識も乏しい。そんな当時の私が、何も変えずに急にお金持ちになるのを待っていても、仕方がない。
まずは、自分の考え方と行動を変えていこう。そのために、お金のことを知ろう。私の場合は、そこが出発点でした。
資産形成は、ゲームのルールを覚えることに似ていた

私はゲームが好きです。
ゲームが上手くなるには、まずルールを知らないといけません。どうすれば敵を倒せるのか。何をすれば点数が入るのか。逆に、何をするとゲームオーバーになるのか。
お金のことも、私にはそれに近く感じられました。
支出を見直す。収入を増やす方法を考える。今の自分に必要なものと、なくても困らないものを分ける。
ゲームでいえば、限られたコインでできるだけ長く遊び、無駄な装備を買わず、必要なところに使う感覚です。保険も、ただ減らせばいいのではなく、自分に必要な保障を考える。そうやって、お金の使い方を一つずつ見直していきました。
YouTubeではリベ大の両学長から学び、資産運用では『敗者のゲーム』を読みました。世の中や人の考え方については、橘玲さんの『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』なども読みました。
知るだけで終わらず、自分なりに実践してみる。上手くいかないことがあれば、振り返る。「次はこういうことにも気をつけよう」と、少しずつ考えられるようになっていきました。
もちろん、現実のお金はゲームのように同じ条件でやり直せるものではありません。それでも当時の私は、ルールが分かるほど、闇雲に動いていた頃より前に進めていると感じていました。
暮らしの余裕が、自信に変わった

私は決して大金持ちではありません。ただ、お金の勉強を始めた頃と比べれば資産も増え、「ちょっと余裕がある人生」になったというところまで来ました。
人生というゲームを全部クリアしたとは思っていません。でも、昔の自分からすれば、1面、2面と進めたような感覚があります。
3面、4面でつまずいても、「何回か挑戦すれば、いずれクリアできるだろう」。そう思えるようになったのです。
これは成功の保証ではなく、私の中に生まれた自信の話です。点数、つまりお金そのものだけでなく、そこに至るまでに学んだことが、自分の財産になった気がしていました。
お金の勉強で生まれた自信と、優越感

ところが、その自信が少しずつ別のものに変わっていきました。
「お金のことを知らずに困っている人を助けたい」
最初は、そんな気持ちだったと思います。自分が学んで暮らしが良くなったのだから、周りの人にも知ってほしかった。
「え? それは良いことではないの?」と思うかもしれません。私もそう思っていました。
でも、いつの間にか「なぜ周りのみんなは、これを実践しないのか?」と考えるようになっていました。
当時の私は、心の中でこんな乱暴なことまで考えていたのです。
「そんな無駄な保険に入っているから貧乏なんだ」
「タバコやお酒は、生きていくうえで何も意味がない」
「インフレするのに、銀行にお金を預けている人は情弱だ」
これは今の私の主張ではありません。当時、自分がどれだけ一方的な見方をしていたか、という話です。
相手の生活も、何を大事にしているかも、十分に知らない。それなのに、自分のお金のものさしだけで判断していました。
馬鹿にしていたつもりはありません。でも、「自分の方が、お金については分かっている」という優越感があったのは事実です。
「知らないなら教えてあげたい」が、「知れば、当然やるはずだ」に変わっていた。さらに、やらない人を見ると「なんで分からないんだろう」と思う。
今振り返ると、少し独善的になっていたのだと思います。
移民問題を見て、自分のお金の「布教」に気づいた

そんな自分を振り返るきっかけになったのが、移民問題をめぐる話題でした。
そこで私が考えたのは、一部のイスラム教徒が持つ、イスラムの教えを広めようとする布教的な考えです。

なぜ彼らは自分の信じる教えを、違う文化の中で暮らしている人にも伝えたいと思うのだろう?
そう思った時、私にはこんな可能性が浮かびました。

「日本は住みやすいし、比較的良い人たちが多い。だから、その人たちにも、自分が良いと信じている教えを知ってほしい」
そういう気持ちから伝えようとする人も、いるのではないか。
もちろん、これは私の推測です。一人ひとりの動機を確かめたわけではありませんし、イスラム教徒全体や移民全体の考えだと言うつもりもありません。
私は以前、「イスラムを信じない人は地獄に落ちる」という説明を聞いたことがありました。ただ、それだけで教え全体を説明するのは単純化しすぎでした。クルアーンには不信仰と地獄を結びつける記述がある一方、信仰を強制しない趣旨の記述もあります。教えを伝えることと、相手に強いることは分けて考える必要があります。
非常に似ていると感じたのは、その心理

そのうえで、「自分が良いと確信しているものだから、相手にも知ってほしい」という気持ちを考えていたら、私自身の姿が重なりました。

「これを知れば、あなたの人生ももっと良くなるはずだ」
私はお金のことで、まさにそう信じていたのです。
金融と宗教そのものが同じだと言いたいわけではありません。目的も背景も違います。ただ、自分が良いと確信したものを、相手のためと思って勧めたくなる。その心理構造は非常に似ていると、私は感じました。
相手も善意から動いているのかもしれない。少なくとも私の場合は、善意から始まっていました。
だからこそ、自分の押し付けには気づきにくかったのだと思います。
お金の勉強への感謝と、人への押し付けは別の話

私は「お金の大学の著者リベシティの会員」でもあります。学んで実践してきたことが、自分の暮らしに役立ったと感じています。
だからこそ、受け取った側の自分について考えたいのです。
教わったことを実践する。結果が出る。その方法への確信が強くなる。そして、自分の成功例を何度も語り、「あなたもやればいいのに」と勧める。
私自身のそういう姿を振り返ると、「布教っぽいところがあったな」と思います。
自分に役立った方法でも、相手は同じ状況とは限りません。同じ説明を聞いても、今それを必要としているかどうかは違います。
そもそも、お金を増やすことが、いつでも全員の最優先とは限らない。
私にはもったいなく見える支出でも、その人にとっては楽しみや安心かもしれません。そこを聞きもしないで「無駄」と決めていたのなら、お金のことは勉強していても、相手のことは見ていなかったのでしょう。
知識を持っていることと、他人の生き方を決めていいことは、つながりません。
必要な人には話す。必要としていない人には押し付けない

これは、頭の中だけで考えた結論ではありません。
私はお金の話をして、多くの人と疎遠になりました。一方で、私の話を認めてくれた人もいました。
そうした結果を見て、やっと分かってきました。
自分では正しいことを話しているつもりでも、それで人間関係まで上手くいくとは限らない。
そして、そもそも相手は聞いていなかったのではないか、と。
「あなたのため」と思っていても、相手が望んでいなければ余計なお世話になります。自分が伝えたい気持ちばかりを優先して、相手が聞きたいかどうかを置き去りにしていました。
だから、今の私が大事にしたいのは、これです。
必要な人には話す。必要としていない人には押し付けない。
お金のことを知りたいと聞かれたら、自分の知っている範囲で親切に話す。分からないことは、分からないと言う。そして、何を選ぶかは相手に任せる。
聞かれるまでは、相手の価値観に踏み込みすぎない。話していて興味がなさそうなら、そこでやめる。「まだ良さが分かっていないだけだ」と追いかけない。
このブログも、必要な人が自分から読みに来られる場所であればいいと思っています。
お金の勉強で得た自信を、どう使うか

お金の勉強をしたことは、私にとって大きなプラスでした。その気持ちは今も変わりません。
でも、そこで得た自信を、他人に自分の正解を押し付けるために使いたくはありません。
ゲームに例えるなら、点数を増やすことばかり見ていた私が、ようやく隣で遊んでいる人にはその人の楽しみ方があると気づいた、ということかもしれません。
必要な人には話す。必要としていない人には押し付けない。
今の私は、この距離感を大切にしていきたいと思っています。


この記事では、少額から投資を始め、「お金という従業員」を増やす考え方を紹介しました。ですが、お金に働いてもらうには、まず元手を作る必要があります。私も最初から大きな資産があったわけではありません。給料を使い切っていた私が、最初に目指したのは100万円でした。次の記事では、100万円を貯めたことで、お金の使い方や考え方がどう変わったのかを実体験から紹介します。


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