私は、少しのお金を蓄えられたことや、経営者として15年生き残れたことを、自分の頑張りだけだとは思っていません。
もちろん、自分なりに必死に働いてきました。
しかし、それだけで今があるわけではないとも感じています。
私がお金の勉強や資産形成を大切にするようになった理由の一つは、嫌な人や理不尽な環境から距離を取れる力を持ちたいと思ったからです。
お金は、贅沢をするためだけのものではありません。
自分の人生を守るための道具でもあります。
私にとって、お金を貯めることや仕事の力をつけることは、そういう意味もありました。
振り返ってみると、私を本気にさせてくれたのは、優しい人たちだけではありませんでした。
むしろ、理不尽な上司や取引先、利己的な人たち、悔しい思いをさせてきた人たちの存在が、私を動かす大きな燃料になっていたように思います。
もちろん、理不尽な人に感謝しなければいけないという話ではありません。
嫌いな人を挙げるなら、理不尽な上司や取引先は間違いなく上位に入ります。
しかし、感謝する人を挙げるとしても、不思議なことに、同じ人たちが上位に入るのです。
それくらい私にとって、理不尽な人たちは厄介な存在でありながら、自分を変えるきっかけを与えてくれた存在でもありました。
ただし、パワハラやモラハラを我慢し続けろという話ではありません。
心や体を壊すほどの環境なら、逃げることも大切です。
この記事で伝えたいのは、理不尽を美化することではありません。
私の人生を振り返ると、悔しさや怒りが、自分を変える力になったことがあったという話です。
会社員時代、なぜか私だけ求められる点数が高かった
会社員時代、私は面倒な現場や、扱いにくい社員の面倒を任されることが多くありました。
最初は、期待されているのだと思っていました。

「自分ならできると思われているのかもしれない」
そう考えて、何とか前向きに受け止めようとしていた時期もあります。
しかし、だんだん違和感も出てきました。
周りの人が80点で許される仕事でも、私には95点を求められる。
そんな感覚がありました。
あるとき、他の社員が作った商品を、社長が私の作品だと思い込んだことがありました。
社長は怒った口調で、
「これは誰が作ったんだ。これではダメだろう」
というような反応をしました。
おそらく、私にやり直しを指示するつもりだったのだと思います。
ところが、それが私の作ったものではないと分かった瞬間、社長は態度を変えました。
「まあ、いいか」
そう言って、その商品はそのまま合格になりました。
そのとき私は、はっきり感じました。
同じ出来でも、人によって求められる基準が違うのだと。
私には、周りより高い平均点を求められていたのです。
当時は理不尽だと思いました。
なぜ自分だけ、ここまで厳しく見られるのか。
なぜ他の人なら許されることが、自分には許されないのか。
納得できない気持ちはありました。
でも今振り返ると、その環境が私を鍛えたのも事実です。
独立は夢ではなく、生きるためだった
その後、いろいろな事情があり、私は独立することになりました。
独立といっても、夢を持って起業したわけではありません。
「独立するしか生きる道がない」
そんな感覚に近かったと思います。
生きるための起業でした。
社員もいない。
会社の看板も弱い。
自分一人で仕事を取って、作って、納品して、頭を下げる。
そんな立場でした。
だから、取引先から舐められることもありました。
仕事と関係のない手伝いを頼まれることもありました。
今考えると、仕事なのか雑用なのか分からないようなこともありました。
それでも、当時の私は弱い立場でした。
断れば、笑顔で

「他にも業者はたくさんいるんだぞ」
と言われる。
そのあとに「冗談だよ」と言われる。
でも、それは冗談のようで冗談ではありませんでした。
小さな業者として生き残るには、理不尽なことにも耐えなければいけない時期がありました。
嫌な取引先から離れるために、取引先を増やしたい
事業を続けていくうちに、少しずつ取引先は増えていきました。
私は営業が得意なタイプではありません。
人に売り込むことも得意ではありません。
それでも、取引先を増やそうと必死になれた理由があります。
それは、

「優良な取引先を増やして、嫌なところとは関わらないようにしたい」
という気持ちでした。
もっと本音を言えば、

「新しい取引先ができれば、今まで我慢して付き合っていた相手とお別れできる」
と思っていました。
これは、かなり大きな原動力でした。
きれいな目標ではなかったかもしれません。
でも、人間はきれいごとだけでは動けないこともあります。
悔しさ。
怒り。
見返したい気持ち。
もうこんな相手に振り回されたくないという思い。
そういう感情が、私を行動させました。
嫌な取引先と付き合い続けるしかない状態は、とても苦しいものです。
でも、別の取引先が増えれば、少しずつ選択肢が増えていきます。
そう考えると、仕事の力をつけることや、お金を貯めることは、単なる成功のためではありません。
嫌な相手と距離を取るための力でもあるのです。
今振り返ると、あの頃のエネルギーはすごかったと思います。
そして、そのエネルギーの多くは、理不尽な人たちへの悔しさから生まれていたのかもしれません。
悔しかったからこそ、新しい取引先を探しました。
もう振り回されたくなかったからこそ、仕事の幅を広げようとしました。
自分で選べる立場になりたかったからこそ、お金のことも仕事のことも真剣に考えるようになりました。
つまり、嫌な取引先の存在は、私にとって苦しい相手であると同時に、行動する理由を与えてくれた存在でもあったのです。
理不尽な人が、自分を成長させることもある
私が言いたいのは、理不尽な上司や嫌な人に感謝しましょう、ということではありません。
嫌なものは嫌です。しつこいようですが、ほんと今でも思い出しただけでムカついてきます。
できれば関わりたくありませんしが、不思議に遠くからなら見ていたい心理はあります。
だからといって、何でも耐えればいいという話でもありません。
心や体を壊すほどの環境なら、逃げることも大切ですし、それは戦略にもなります。
ただ、理不尽な人との出会いが、自分を成長させるきっかけになることはあります。
もし、ずっと優しい世界にいたら、私はここまでお金の勉強をしなかったかもしれません。
家計管理も、資産形成も、心理学も、副業も、経営の勉強も、ここまで真剣に考えなかったと思います。
居心地の良い会社にいれば、会社の看板や既存の仕組みの中で生きていけます。
それは安心です。
しかし同時に、自分の成長が鈍くなることもあります。
私は最近、特にそれを感じます。
少しの蓄えができました。
長く付き合える取引先もできました。
昔のように、理不尽な人たちと毎日のように戦う場面も少なくなりました。
それは幸せなことです。
でも一方で、自分の成長がピタッと止まったようにも感じるのです。
私の原動力は、きれいな目標だけではなかった
私の仕事の原動力は、きれいなものばかりではありませんでした。
威張っている人を見ると、

「この人より、絶対に金持ちになってやる」
と思うことがありました。
口だけ達者な人を見ると、

「この人にだけは、何一つ負けたくない」
と思うこともありました。
あまり上品な気持ちではないかもしれません。
でも、その悔しさがお金の勉強につながりました。
その怒りが、自分の弱い心を強くしてくれました。
「見返してやる」という気持ちは、使い方を間違えると危険です。
相手を恨み続けるだけでは、自分の人生まで苦しくなってしまいます。
でも、その感情を自分を鍛える方向に使えれば、大きな力になります。
私は、理不尽な人たちから燃料をもらっていたのかもしれません。
良い環境だけでは、人は動けないこともある
周りに良い人ばかりいる人生は、とても居心地が良いです。
安心できる人がいて、支えてくれる人がいて、嫌な思いをしなくて済む。
それは本当にありがたいことです。
ただ、私の場合は、周りの人に安心しすぎると動かなくなります。
こういう面倒なことは、何も困っていないときには、なかなか本気になれません。
人は、余裕があるときよりも、追い込まれたときの方が本気で動けることがあります。

「このままだと会社が潰れるかもしれない」
「このままあの会社と付き合い続けたら、自分の心が壊れてしまうかもしれない」
「この人たちに振り回される人生から抜け出したい」
そういう切羽詰まった危機感があったからこそ、私はお金のことや仕事のことを真剣に考えるようになりました。
自分で選べる立場になりたい。
嫌な相手と距離を取れる力を持ちたい。
誰かの機嫌や都合に、自分の人生を振り回されたくない。
そう思ったとき、人は本気で変わろうとするのかもしれません。
理不尽に負けないために、自分を強くする
もし今、会社で嫌な人がいる。
理不尽な仕事を押し付けられている。
納得できない要求をされている。
そんな状況にいる人もいるかもしれません。
もちろん、無理に我慢し続ける必要はありません。
逃げることは負けではありません。
心や体を壊すくらいなら、その場所から離れた方がいいです。
ただ、もし少しでも踏ん張れる余力があるなら、その悔しさを自分を変える力にしてほしいと思います。
理不尽な人に勝つ一番の方法は、相手を言い負かすことではないと思います。
自分の力をつけること。
お金の知識を身につけること。
選べる立場になること。
嫌な相手と距離を取れるだけの実力を持つこと。
私はそうやって、少しずつ自分の人生を変えてきました。
まとめ:悔しさは、自分を変える燃料になる
理不尽な人たちは、決してありがたい存在ではありません。
できれば出会いたくない相手です。
しかし、私の人生を振り返ると、そういう人たちがいたからこそ、本気になれた部分があります。
悔しかったから、勉強しました。
負けたくなかったから、仕事を頑張りました。
見返したかったから、お金のことを学びました。
そして気づけば、少しずつ人生は変わっていました。
理不尽な人に人生を壊される必要はありません。
でも、その悔しさを燃料にして、自分を強くすることはできます。
嫌な人がいる環境は苦しいです。
しかし、その経験がいつか、
「あの時があったから、今の自分がある」
と思える日につながることもあるのかもしれません。



「40歳になると、急にガクッと来るよ」
若い頃、先輩方からよくそう聞かされていました。
当時はあまり実感がありませんでしたが、40代半ばを過ぎた頃から、その言葉の意味が少しずつ分かるようになりました。
体力、仕事、時間、お金。
50代からは、今までと同じ感覚では乗り切れないことも増えてきます。
そこで別記事では、50代からの仕事・時間・お金との向き合い方についてまとめています。


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